3: 感覚と心

(公開日:2020年5月1日)

はじめに

前回の授業では,5つの感覚モダリティ(視覚,聴覚,味覚,嗅覚,皮膚感覚)についてお話をしました。授業を受けて,なんだか高校の時の理科の授業みたいで懐かしかったというような感想をたくさんいただきました。そうですよね (^^)。

今日の授業では,心理学の観点から感覚について考えてみたいと思います。今日は何かを覚えてもらうというよりも,みなさんに実際に感覚と意識体験のちょっと不思議な関係を体験してもらいたいと思って,このページを使って実験を行います(講義室での授業でないので,うまくいくかどうか完全な自信はないですが)。

最初に,「盲点」の実験をするための図版を印刷します。図版は PDF ファイルで用意していますので,家にプリンターがある人は下のリンクからファイルをダウンロードして,A4サイズの用紙に印刷してください。もしプリンターがなければ,ダウンロードしたPDFファイルをスマホに入れてコンビニなどで印刷していただければと思いますが,一番簡単な盲点の実験だけなら真っ白な用紙に手書きで図形を描いてもできるので,それでやってもらっても構いません。ただ,スマホの小さな画面では盲点を見つけることはできないので,必ず,大きめの紙(横幅が20 cmくらい)を使ってください。


盲点を実験するためのPDF(BlindSpot.pdf

どうしても印刷できない人は,下の図のような感じで自分で描いてみましょう。白い紙の左に「+」の印(「凝視点」と呼ぶことにします)を描きます。そして,その右側に7~8cmの間隔をおいて「●」(「ターゲット」と呼ぶことにします)を描きます。それぞれの印の大きさは5mmくらいかな。これが,PDFを印刷したら一番上に描かれている,もっとも単純な盲点を実験するための図版になります。

 

盲点の存在を体験する

実験をする前に,前回の復習をしましょう。下の図は,私たちの右眼を上から見たところでしたよね。


右側の網膜の部分を見てください。網膜の中心に凹んでいるくぼみがあるのがわかりますか? これを,中心にある窩(「あな」,くぼみの意味)と書いて「中心窩」(ちゅうしんか)と言います。解剖すると中心窩は黄色っぽく見えるので「黄斑」(おうはん)と呼ばれることもあります。ここが私たちの眼でもっとも視力のいいところです。この中心窩の下側に盲点が描かれています。下側ということは,この図は右眼を上から見ているので中心窩の左側(鼻側の網膜)に相当します。私たちの眼のレンズは凸レンズなので,上下左右が逆になるから,網膜の左側は右側(耳側)の世界を見ています。盲点の場所には視細胞がないので,私たちは見ることができません。…となると,右眼の右側の領域には,私たちが見ることのできない領域が存在するわけです。これが盲点です。でも,右眼だけで周りを見てみてください。見えない場所があるのに気づきますか? そんなことないですよね。すべてが見えています。

さて,よく「見ることは信じること」と言われて,私たちは「見る」ということに絶大な信頼を置いていますが,最初の盲点の実験の目的は,この常識を壊すことです。

実験してみよう

では,凝視点が左,ターゲットが右に来るように,自分の顔の前で紙をもってください。眼は,左眼をつぶって,右眼だけの片眼にします。また,視線は凝視点に固定させて動かしてはいけません!(←これが重要です)

まず,紙を5 cm~10 cmくらいまで自分の顔にぐっと近づけてください。眼の焦点が合わなくてぼけて見えるかもしれませんが,無理に焦点を合わせなくて構いません。でも,けっして凝視点から眼を離さないでくださいね。ぼやけた「+」が目の前に見えると思います。このとき,眼を動かさなくても右側の離れた位置にターゲットの黒丸があるのがわかりますよね。

それではここからが実験です。紙をゆっくりと自分の顔から遠ざけてください。大事なことは,その間に右眼の視線を凝視点(+)から絶対に離さないことです。視点は凝視点から動かさないで,注意だけを右側のターゲットに向けてください(くれぐれも眼は動かしちゃいけませんよ)。

さて,こうやって紙を顔から25cm~30 cmくらい離したとき,右側のターゲットが消えるはずです。もっと紙を遠くに離すと,またターゲットは現れます。もし,ターゲットが消えない人がいたら,ターゲットを確かめようとして無意識に眼が動いてしまっていますので,凝視点を見続けることに集中するようにしてください。

2段目と3段目の図版もやってみよう

「すごい! 消えたーっ!」と感動した人も多かったと思いますが,「ほら,消えたでしょ」というので終わるのが,高校レベルの理科の実験です。盲点のところの網膜には視細胞がないので,まぁ消えるのは生物学的にみて当たり前のことなのです。私たち心理学者が注目するのは,「消えた場所に何が見えたか!」ということです。ターゲットが盲点に入って消えたとき,その場所はブラックホールのように何もない空間でしたか? 違いますよね。そこには,自分が手にもっている「紙」の表面が見えたのではないでしょうか。

では,盲点の場所に紙が見える仕組みを考えてみます。PDFファイルを印刷した人は,2段目と3段目の盲点実験をやってみましょう。

2段目の図版では,ターゲット(●)の周りに灰色が塗られています。さあ,この図版を使って,同じようにターゲットを消してみましょう。ターゲットの位置には何が見えましたか? 消えたターゲットの場所には周囲と同じ灰色が塗られていますよね。

3段目の図版では,ターゲットの位置は黒丸ではありません。周りから放射状の線分が引かれていて,その中心部分がくりぬかれています。では,前の実験と同じように,このくりぬかれた場所を盲点に入れてみてください(ターゲットの場所が大きめなので,前の実験より少し難しいかもしれませんが,がんばってくださいね)。

さて,3段目の図版でターゲットの位置が盲点に入ったとき,周囲から伸びている放射状の線分がその場所でつながっているように見えませんでしたか? そこには存在しないはずの交点が見えたのではないでしょうか。
このように,私たちの脳は,周囲の情報を使って盲点の場所を塗りつぶしています。また,脳は単に周囲の色を使うだけでなく,ちょっとしたパターンの法則も考慮して,盲点の場所に存在しない図形を描き出すという芸当もやってのけることができるのです。このため,私たちは普段,盲点の存在に気づくことがありません。

盲点のような見えない場所を埋め合わせる脳の働きを「フィリング・イン」(filling-in)あるいは「充填」と呼びます(「補完」と書いてある専門書もあります)。覚えておきましょう。

フィリング・インを通して視覚の仕組みを紹介

盲点は,右眼も左眼も注視点の耳側視野のおよそ15度離れた位置に直径7度程度の大きさで存在します。この部分は視神経の束を脳に向かって通す場所なので,見るための細胞である視細胞(錐体や桿体)がありませんから,見えないのですね。でも,他にも見えない場所は視野の中にたくさんあるのです。

網膜の細胞にも栄養や酸素を供給しなければならないので,網膜の表面には血管がたくさん走っています(「網膜と血管」を画像検索)。血管は透明ではないので,その陰になっている網膜は正常に光を受けることができず,見えていないことになります。このような場所も,フィリング・インの仕組みを使って脳は映像を補っています。

それどころか,そもそも私たちの眼は,明るさや色が異なる「輪郭」の部分しかきちんと見ることができません。これからの話は視覚情報処理の一番基礎的な話なのですが,かなり難しいかもしれません(専門家が見るとちょっと嘘が入っているのがわかるくらいに難しい話を飛ばしてわかりやすく書いているのですが)。十分に理解できなくても構いませんので,ちょっとだけ説明します(「受容野」という言葉だけ覚えておきましょう)。

下の子牛の写真を見てください。上の方の写真は,私たちが普段みている(意識によって認知している)光景です。でも,眼球から始まる私たちの視覚系は,この光景のあらゆる場所の明るさをデジタルカメラの受光素子のようにすべて計測して脳に送っているわけではありません。網膜から脳に至る神経系では,視細胞の出力を使って受容野と呼ばれる神経ネットワークが作られています。受容野とは網膜(視野)の中のある程度の大きさをもつ領域をカバーしている検出器だと思ってください。コンピュータを使って,その検出器の出力をシミュレーションしたのが下の方の図です。受容野には周囲より明るい場所を見つける「オン中心型」と,暗い場所を見つける「オフ中心型」があるのですが,下の図で明るく描かれている部分がオン中心型受容野が反応する部分,暗く描かれている部分がオフ中心型受容野が反応する部分です。そして,中間の灰色に塗られている領域は,どちらも反応しない部分です。受容野という検出器が反応していないということは,つまり,見えていないことを意味します。この灰色が広がっている部分って,明るさが変化しないところですよね。私たちの眼は,輪郭のところを検出して,その周辺の情報だけを脳に送る仕組みになっています。そして,脳は,その輪郭周辺の情報を使って,脳の中にもう一度映像を描き出すのです。私たちの意識は,その「再構築」された映像(塗り絵)を「見ている」と思い込んでいます

とっても難しい話をしましたので,イメージしやすくするための無駄話をします。みなさん,「インサイド・ヘッド」というディズニーの映画をご覧になったことありませんか? この映画では,頭の中にたくさんの感情(心)たちが住んでいて,彼らが主人公ライリーを動かします(脳における記憶や感情の仕組みを学んだ上で見るとさらにおもしろく楽しい映画です)。映画の中で,感情たちは眼がとらえた情報をスクリーンで見ています。私たちの意識はまさにそんな感じで,眼がとらえた情報を(ただし,それは輪郭周辺の情報から再構築された「塗り絵」ですが)スクリーンに投影して,間接的に見ているようなものなのです。

実験してみよう

では,もし視覚系が輪郭をとらえそこなったら,当然,塗り絵の結果は変わりますよね。それを実験してみましょう。ただし,ここからの実験は,スマートフォンの小さな画面では難しい場合がありますので,わからなかったら,後でもっと大きな画面で試していただければありがたいです。

下の図を見てください。誰が見ても,暗い灰色の中に明るい灰色の円が描かれているのがわかると思います。

では,次の図(下のもの)をみてください。輪郭をぼかしてみました。輪郭をぼかしても,私たちは,暗い灰色の背景の中に,明るい灰色のぼけた円が描かれているのがわかります。なぜでしょう? 私たちの眼は1点を見ているようでも,実はじっとしていません。常に視線は動いています。すると,網膜の視細胞は灰色の明るいところに移動したり暗いところに移動したりするので,そこに明るさの違い(輪郭)があるのがわかるのです。

では,実験です。上の図を画面上でできるだけ大きくしておいてください。スマホなら2本の指で画面一杯に拡大しましょう(顔も近づけてください)。パソコンなら[CTRL]キーを押しながらマウスのスクロールボタンを回すと,拡大・縮小ができます(終わったら,[CTRL]+0←ゼロで元に戻せます)。さて,画面の中心に黒い点が描かれています。これをとにかく注意を集中して「ぐーっ」と凝視してください(少なくとも10秒くらいは集中するつもりで)。

明るい灰色の円がすっと消えて,その場所に外側の暗い灰色が見えませんでしたか? 中心の凝視点を集中して見たので,眼の動きが減って,眼が輪郭を検出しそこなったのです。そのとき,脳はその外側の輪郭のデータを使って塗り絵を作るしかないので,暗い灰色が全体に満たされたわけです。

眼そのものはカメラと似たような構造なのですが,実際に「見る」ための仕組みは,我々の心をもたらす脳と神経系によって,非常に賢く効率的な方法で成し遂げられています。その一端を感じていただけたでしょうか?

感覚の順応(慣れ)を体験してみよう

寒い冬にお風呂に入ると,最初はお湯が熱くて入れないのに,しばらくたつとぬるくてお湯を足して温度を上げるなんてしませんか? 私たちの感覚は,周囲の環境に敏感に順応する(慣れる)性質をもっています。例えば,映画館で暗い部屋に入ると最初は何も見えなくて不安になるけど,しばらくしたら,周りが不自由なく見える体験はだれでもしたことがあるでしょう。これは「暗順応」と呼ばれる現象です。

心理学において,「慣れる」ことを意味する用語として「適応」と「順応」という2つの言葉があります。前者の「適応」は,生き物が周囲の環境に対して積極的に慣れて変わっていくことを指す意味でよく使われます(「大学生活への適応」というような例ですね)。それに対して後者の順応は,自然に慣れることを指す場合が多く,感覚系の慣れはほとんどが「順応」という用語で呼ばれます。

ここでは,どのくらい簡単に私たちの感覚が刺激に慣れるのか,「色順応」という色刺激に対する順応現象を使って実験してみます。網膜の錐体細胞には3種類あって,それぞれが異なる波長の光をとらえる仕組みになっていることは前の授業で紹介しました。前回は波長の長さでL錐体,M錐体,S錐体と書いていましたが,今日はわかりやすくR(red, 赤),G(green, 緑),B(blue, 青)としましょう。Rが反応してG・Bが反応しない光が目に入ると私たちには赤が見えます。Gが反応して他が反応しないと緑,Bだけが反応したら青ですね。じゃあ,RとGが反応して,Bが反応しなければ何色に見えると思いますか? 答えは「黄色」です。GとBだったら水色,RとBだったら紫です。じゃあ,R,G,Bのすべてが反応する光は何色? 答えは「白」です。逆にどれも反応しなかったら「黒」ですね。この仕組みを使えば,RGBの3色の強さをコントロールするだけで,さまざまな色を作り出すことができますね。これは「混色」と言って,テレビなど映像技術の基本です。


RGB混色

では,考えてみてください。刺激としては「白」なのに,人間側の都合でRGBのうちのRが反応してくれなかったら何色が見えるのでしょうか。この場合,GとBしか反応しないので,物理的には白なのに,私たちの心には水色という感覚をもたらすはずです。赤い光を受け続けると,赤い光に反応する錐体細胞(R)は,刺激に慣れてしまって反応をしなくなります(熱いお風呂に慣れて温度を感じなくなるのと同じですね)。すると,白を見たときにR・G・BのうちのRが反応しないので,その場所にはちょうど赤の反対色に相当する水色が見えると予測されます。

これを踏まえて,実験に入ります。下のリンクをクリックすると,図に描いているような4色の色パッチが画面に出ます。中心にある黒い点(●)が凝視点です。眼を動かしてはいけません。凝視点を見続けてください(少なくとも30秒以上)。その後,画像をクリックすると真っ白な画面に変わります(中心に凝視点だけが描かれています)ので,やはり凝視点を見つめてください。物理的には真っ白なのですが,そこには心(私たちの神経系)がつくり出した色が見えるはずです(再び図をクリックするとこのページに戻ります)。

 ←残像の実験をしてみよう!

四角い色パッチを見たので,反対色で作られた色パターンが見えたと思います。このように,順応の結果,形が見える現象を「残像」と呼びます。

感覚モダリティ間の相互作用

普段の授業だったら何でもないデモンストレーションなのに,ホームページ上でやると大変だということがわかりました (^^;)。聴覚をテーマにした実験なども(初音ミクの声など音声合成の仕組みがどうやってできているかとか…名探偵コナンの蝶ネクタイ型変声機がどうすれば作れるのかとか)いろいろネタはあるのですが,割愛させていただいて,多感覚統合の話をして終わります。

私たちの五感は独立したものではなく,お互いに作用しあって,全体としての感覚体験をつくり出しています。このような働きを「多感覚統合」や「クロスモーダル知覚」と呼びます。

みなさんも体験したことのある身近な例でいうとかき氷ですね。お祭りなどで売られているかき氷のシロップは,蜜の色が違うだけで実はすべて同じ味だそうですが,私たちにはイチゴやメロン,オレンジ,ブルーハワイなど違う味に感じてしまいます。色という視覚刺激によって味覚が影響を受けている証拠です。

心理学において,このような多感覚統合を表すとても有名な現象に「マガーク効果」(McGurk effect)と呼ばれる錯覚現象があります。マガーク効果では,「バ」という音声に合わせて,「ガ」としゃべっているときの映像を同時に提示します。すると,それを見た(聞いた)人は,音声を「バ」でなく「ダ」と錯覚して知覚するのです。

とてもよくできたビデオをYouTubeに投稿していただいている方がいらっしゃるので,ぜひ体験してみてください。「パ」という音声と「ガ」と発話しているときの映像の相互作用を体験できると思います。

 

以上,長々とお話ししてきましたが,このように,単に「見える」や「聞こえる」というレベルの感覚についても,心理学では,それがどのように意識体験と関わっているかを研究してきました。その結果,いろいろな錯覚現象が知られるようになったり,逆に,我々の感覚系が非常に賢い作りになっていることがわかったり,さまざまな知見が得られています。

次回からは,「知覚」をテーマにお話したいと思います。よろしくお願いします。

 

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