14: 認知と思考の障害

(公開日:2020年7月21日)

前回の復習を兼ねたビデオ視聴

前回は,感覚・知覚・認知の障害についてお話をしましたが,脳の部位に関する解剖学的な用語に不慣れだと,なんのこっちゃわからん…という感じだと思いますので,今日は,前回の復習を兼ねて実際の症例をビデオで見てみたいと思います。ビデオ教材については,それぞれのリンクから閲覧してください。閲覧には,授業のお知らせに関するメールにかかれたパスワードが必要です(資料室のパスワードと同じものです)

 

【ビデオ】シャルルボネ症候群

前回の授業で視覚障害のお話をいたしました。視覚障害の原因疾患には以下のようにさまざまなものがあります。

  • 緑内障
    • 眼球内の圧力(眼圧)が高まることで,網膜や視神経が障害され,視力が落ちたり,視野が狭くなったりする病気です。日本では失明原因の第1位となっています。
  • 糖尿病性網膜症
    • 糖尿病患者においては,高血糖の血液によって,毛細血管に障害をもたらす合併症を発症します。それが現れやすいのが,毛細血管が多く集まり重要な機能を果たしている器官であり,網膜,腎臓,手足などの抹消血管障害があります。網膜で血管障害が生じると,重篤な視野障害が生じ,失明の原因にもなります。
  • 網膜色素変性症
    • 網膜の視細胞が侵される病気です。桿体細胞の障害ではじまることが多いので,最初は夜盲(暗いところで見えにくい)症状として表れますが,その後,視細胞を保護する網膜色素上皮,錐体細胞に障害が広がるため,失明原因となります。遺伝的要素をもつことが知られています。
  • 加齢黄斑変性症
    • 網膜の中心窩(黄斑)の視細胞が変性する障害で,最初は,モノがゆがんで見えるという症状をもたらし,進行すると,視野の中心が暗くなる,欠けるなどの症状があらわれ,視力の低下をもたらし,失明原因となります。
  • 白内障
    • 眼球の水晶体(レンズ)が年齢とともに白く濁って視力が低下する病気です。濁った水晶体を手術で取り除き,眼内レンズを挿入する手術が一般的に行われ,それによって視力を回復させることができます。

これらの障害は抹消(目)の問題なのですが,私たちの脳は,網膜像に基づくボトムアップ処理だけを使って世界を見ているのではなく,過去の経験や知識・期待などによるトップダウン処理も合わせて用いています。そのため,視野が欠損した患者などでは,欠損した視野の部分に幻覚が見えるという症状がみられることがあります。これが,「シャルルボネ症候群」です。

 

【ビデオ】半側空間無視

大脳皮質の後頭葉にある 視覚野が障害を受けると,それに対応した領域の視野に見えない領域が生じます(皮質盲)。このような患者は,緑内障で視野欠損ができた患者とほぼ同様に,その領域が「見えない」のですが,このビデオに出てくる患者たちは,右頭頂葉の障害によって「半側空間無視」となった患者です。彼らは,左側の視野が見えないかのようにふるまいますが,見えないわけではなく,どちらかといえば注意が向かないのです。そのような症状を実際にビデオで見ていただければと思います。また,ビデオの中には,空間無視や空間失認を検査するためのいろいろな検査(神経心理学検査)が出てきます。病院では,このような検査で調べるんだ…というのも見ていただければと思います。

なお,半側空間無視の患者の多くは右半球に脳梗塞などの損傷を受けているので,身体の左側に麻痺症状をもつ患者が少なくありません。ビデオに出てくる患者も多くが左側の麻痺を示しているのがわかると思いますが,患者の中には,左側に注意が向かないことや,左側に麻痺があることを認めない「病態失認」という症状を示す患者も少なくありません。そのようなこともビデオの中で注意して見てください。

 

【ビデオ】相貌失認・対象失認

このビデオには,ものはわかるけれども,顔がわからないという患者と,顔はわかるけれども,ものがわからないという患者が出てきます。それぞれの患者の症状と同時に,ものを認識する脳回路と顔を認識する脳回路が別々に存在するという「二重乖離」の証拠を見ていただければと思います。この患者たちも「見えない」わけではまったくありません。ですが,見ているものがわからないという「失認」症状に悩まされています。

 

【ビデオ】ウェルニッケ失語

右利きのほとんどの人は左脳に言語野をもっています。言語野には「運動性言語野」(ブローカ言語野)と「感覚性言語野」(ウェルニッケ言語野)があります。前者(運動性言語野)が障害されると,患者は人の話を理解することはできるのですが,しゃべることができません。後者(感覚性言語野)が障害されると,患者の多くは人のしゃべることを理解できなかったり,流暢にしゃべることはできるのだけれども,意味を整理して間違わずに文章を構成させて話すことができない症状があらわれます。ビデオに出てくる患者は,かなり回復した患者ではあるものの,ウェルニッケ失語特有の症状がみられますので,実際にどのような症状が出るのかを見てみてください。

 

【ビデオ】ブローカ失語とウェルニッケ失語

こちらは,YouTubeにアップされている三輪書店さんのサンプルビデオで,日本人の症例です。ブローカ失語とウェルニッケ失語の症状を比較することができます。

 

認知と思考の障害(高次脳機能障害)

ビデオで見ていただいたように,脳の障害によってさまざまな認知機能の障害(高次脳機能障害)があらわれます。この,高次脳機能障害には,明確な分類ではありませんが,およそ以下のような障害があります。これらの症状は,脳の器質的障害が原因となって生じることもありますが(その場合に「高次脳機能障害」と呼びます),認知症に伴って生じたり,発達障害など発達上の問題として小児・思春期に生じることもあります。また,精神疾患に伴う症状として表れることもしばしばです。

注意障害

半側空間無視のような方向性(一側性)の注意障害とは別に,私たちの認知の処理資源(心的資源)は限られているので,それを適切に制御することが重要です。日常を支えている私たちの注意には,以下のようなものがあり,脳機能障害においては,これらの働きが障害されることがしばしばあることから,その状態を評価する神経心理学検査が行われます。

  • 焦点性注意…外的あるいは内的刺激に対して反応するための覚醒水準
  • 持続性注意…一定時間の間,一定強度で注意を向け続けるための注意機能
  • 選択性注意…周囲の刺激の中から,必要な刺激を選択して意識を向けるとともに,無関係な刺激へ注意が転導されることを抑制する注意機能
  • 転換性注意…状況に応じて,現在の注意対象から,新しい注意対象に柔軟に注意を切り替える機能であり,ワーキングメモリ実行機能中央実行系)を含む高次の注意機能
  • 分割性注意…複数の対象に同時に注意を向ける機能であり,転換性注意と同様,ワーキングメモリの実行機能を含む

記憶障害(健忘症)

障害が発生した時点より後の新しいことが覚えられない「前行性健忘」と,障害時点より過去の記憶が失われる「逆行性健忘」に分けられます。記銘(符号化)保持(貯蔵)想起(検索)のいずれの段階に問題があるのか,短期記憶長期記憶のどちらの問題なのか,言語的な材料と視覚的な材料で違いはないか,エピソード記憶の障害がある場合はそれに併せて意味記憶の障害や手続き的記憶の障害は認められるのか…などを詳細に評価することが,患者が日常生活のどのようなところで困難をもつかを予測したり,リハビリ等の訓練計画を立てる上で重要な手がかりとなります。

言語障害

すでにビデオを紹介しましたが,脳の障害による言語障害は「失語症」と呼ばれます。失語には,聞いた言葉を理解する機能(聴覚的理解)の障害,読んで理解する機能(読解)の障害,話す機能(発話)の障害,書く機能(書字)の障害があります。また,それぞれの障害についても原因はさまざまです。例えば,聴覚的理解の障害の場合,それが語音や音韻の認知の障害なのか,言語音の並びを言葉の意味と対応づける語義(意味理解)の障害なのか,言語性の短期記憶の問題はないのか,文の構造や助詞の働きを理解する統語理解はどうなのかなどの評価が,リハビリに向けた支援のためには重要な手がかりとなります。リハビリによって,失語の症状はある程度は改善するのですが,個人差が大きく,改善の度合いやスピードもさまざまです。発症前のレベルに戻ることは難しいため,周囲の環境調整や代償手段を活用することも大切になります。

遂行機能(実行機能)障害

遂行機能実行機能,executive function)とは,ある目的に向かって必要な一連の行動を行う認知機能であり,社会生活においては,家事,料理,買い物,外出,旅行,仕事などあらゆる場面で必要とされます。また,これがうまくできないと,社会的に責任ある適切な行動ができないことになるため,遂行機能の問題が,患者の心理社会的な適応上の困難の原因となっていることもしばしばみられます。遂行機能は,以下の4つの段階に分けられます。実は,遂行機能というものは,私たちにおいても日常生活で課題になっていることが多いので,以下の説明を見ると,「自分もそうかも…」と思っちゃう人もいるかもしれません。特に前頭葉障害患者に多いのですが,遂行機能障害をもつ高次脳機能障害患者は,これが私たちよりもずっと強く(病的に)表れているのですが,家族や周囲からは,単に「やる気がない」と受け止められていて,適切な評価や支援が得られずに放置されているケースがよくあります。

  • 目標設定と意思…我々が複雑な行動を行うためには,目標を設定して,それを解決するための意思をもって,行動を開始すること(発動性)が必要です。患者の多くは,何がしたいかがわからず(うまく説明できず),(それが必要な状況であっても)行動を起こそうとしないことがしばしばです。
  • 計画の立案…(「思考」のところでお話ししたように) 目標に対して接近するためには,目標を達成するための手段を考え,さらにそれを実行するための計画を立てるといった行動が必要です。そのためには,生産的思考や発散的推論の能力,認知的な柔軟性が必要です。患者の多くは,手際よく料理するなど,目標をスモールステップに分解して行動するための計画が立てられません。
  • 目的ある行動と計画の実行…複雑な行動のためには,計画の立案で作られた一連の行動を,正しい順序 かつ 適切なタイミングで行う必要があります。そのためには,計画に必要な行動を展望記憶として保持しながら,行動の順序をワーキングメモリで管理する必要がありますが,患者は,途中で関係のない行動が多くみられます。
  • 効果的な行動…複雑な行動を目標に向けて適切にコントロールするためには,自分が行っていることとその結果,周囲の状況などを適切にモニタリングすることが必要です。それによって,状況に応じた行動の調整や修正ができるのですが,患者の多くは状況に応じた対応ができずに,ひとつのやり方に固執する傾向が強く見られます。

失認

失認には,視覚性失認,聴覚性失認,触覚性失認などがあります。視覚性失認には,対象がわからない対象失認物体失認),顔がわからない相貌失認,色がわからない色彩失認,失語症状がないのに文字がわからない純粋失読,熟知した街並や場所が認知できない街並失認などがあります。聴覚性失認には,失語症状がないのに言語音が認知できない純粋語聾,音楽がわからない感覚性失音楽症,環境音がわからない環境音失認などが知られています。触覚失認の患者は,目で見るとものがわかるのに,触ってものが何であるかがわかりません。

失行

「失行」とは行為の障害をさします。我々が行為を行うときは,(1) 記憶の中にある行為のアイデア(観念)を想起し,(2) 運動に関する記憶痕跡(運動エングラム,運動記憶)を引き出して,(3) それに従って筋肉を動かす…というステップを踏むと考えられています。「観念性失行」と呼ばれる症状をもつ患者は,観念の想起がうまくできないと考えられており,道具に応じて適切な行為を正しい順番で行うことができません。また,動作は適切でも,手に取る道具を取り違えることもあります。「肢節運動失行」と呼ばれる症状をもつ患者は,運動エングラムに障害があると考えられており,動作が不器用で時間がかかります。「観念運動性失行」の患者は,観念と運動エングラムの接続に問題があって,単純な行為には問題がなくても,複雑な行為では動作の順番を間違ったり,不定形な動きになったりなど,さまざまな症状がみられます。

社会行動障害

社会行動障害は,社会生活上の問題となりうるさまざまな情動的・行動的な問題からなり,以下のようなものを含みます。これらは,前頭葉損傷患者でしばしば観察される症状ですが,さまざまな精神疾患や認知症,発達障害等においても認められます。

  • 依存性と退行…子どもっぽくなったり,すぐに家族など周囲に頼ろうとします。
  • 感情コントロールの低下…怒りっぽく,すぐに怒りが爆発します。また,注意を受けている時や悲しい場面で笑ったり,ちょっとしたことで涙がでることもあります。
  • 欲求コントロールの低下…欲しいと思うと我慢できなくなります。お菓子を1袋全部食べてしまう。タバコやお酒,コーヒーなどを多量に摂取する。お金をあるだけ使ってしまうというように自制ができなくなります。
  • 対人スキルの拙劣…他者に対して共感がなく,空気が読めない,ふるまいや会話が一方的で,その場に不適切なほど多弁であったり,場にそぐわない会話をしたりします。
  • 固執性…どうでもいいささいなことにこだわり,やり始めるとやめられなかったり,一度決めたことを状況に合わせて変更できずにやり続ける。同じことを 何度も言ったり,やったりするような行動がみられます。
  • 意欲・発動性の低下…自分から何かしようと行動を起こさず,周囲から促されないとやっていたこともやめてしまいます。
  • 反社会的行動…万引きやセクハラなど,社会的な倫理を逸脱するような行動をとり,自分の行動の帰結に無頓着です。
  • 抑うつ…気分が落ち込みやすく,興味や喜びが喪失し,活力の減退による易疲労感の増大と活動性の減少が生じます。
  • 幻覚・妄想…現実にないものをあるように感じたり,誰もいないのに声が聞こえたり,現実にはありえないことを信じ込みます。

以上,抑うつと幻覚・妄想は狭義の社会行動障害には分類されませんが,これらの問題は,日常の社会生活を営む上で,心理的・社会的に不適応な状態を生みやすいため,それによって生じる不適応が,さらに二次的な障害や精神症状を生じさせないような注意が必要です。

 

おわりに

これまで,知覚・認知に関連する話題を14回の授業を通して解説してきました。

来週(第15回目)の授業では,全体を通して,理解度チェック(確認テスト)を行います。テスト問題は選択式で,4択くらいで作ろうと思っています(「心理学研究法A」を受講している人は,研究法も同じような形で問題を作る予定です)。自分のノートなどの資料を見て構わないので,再度復習をしていただければと思います。

心理学の多くの領域の中で,知覚・認知心理学って,あまり心理学っぽくないと言われることがよくあります。たしかに,情報の入力部分の話(感覚・知覚の話)ばかりだと,あまり心理と関係ないような気もしますが,この領域がもっとも脳機能との対応の科学的解明が進んでいる分野で,人工知能に代表されるような工学的な応用も進んでいます。そして何よりも今,(実行機能の話などで感じていただけたと思うのですが)この脳の認知システムがいろいろな(高次の)心の機能や心の問題とも関連していることがわかって来ているのです。

心理学は幅広い領域をもつ学問で,たくさんの専門領域に分かれますから,みなさんはこれからそれらを広く学んでいくことになります。その中で,心に対してもいろんな見方や考え方ができるようになっていただけたらうれしいなと思います。

お疲れさまでした。

 

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