(公開日:2020年6月23日)
記憶の文脈効果
今日は,日常生活での「あるある」体験から始めましょう (^^)。
自分の部屋で勉強している時に,何かが必要になってリビングに行ったのに,リビングに着いたら,何を取りに来たかを忘れてしまって,仕方なく自分の部屋に戻ったんだけど,そしたら,取りに行くべきものを思い出した…なんてことはありませんか?
わたくしたちの記憶の想起成績は,記銘した時の状況と想起する時の状況が似ていればいるほどよくなるのです。これを記憶の「文脈効果」と言います。
ゴッデンとバッデリー(Godden & Baddely, 1975)は,潜水夫の人たちが水中で覚えたことを地上に上がると忘れてしまうことが知られていたので,それが文脈効果によることを検証する実験を行いました。彼らはダイビングクラブの学生に,陸上または水中で単語を記銘してもらい,その後,陸上または水中で想起させたのです。下の図はその実験の結果です。陸上で学習した単語は,陸上で再生した時に成績が良く,水中で学習した単語は,水中で再生した時に成績が良いということがわかります。
この記憶の文脈効果は,外的な状況の一致に限られず,記銘時の気分や感情と想起時の気分や感情が一致している時にも同様の効果(内的な文脈効果)が生じます。これによって,楽しい時には楽しいことが思い出されて,落ち込んでいる時には(思い出したくないのに)嫌な経験がたくさん思い出されるわけです。同様なことは薬物の効果によっても生じます。お酒を飲むと愚痴をこぼす人は,またお酒を飲むと愚痴をこぼしたくなります。これを記憶の「状態依存効果」と言い,内的な文脈効果のひとつです。このように私たちの日常の行動や体験の背景には,私たちの認知・記憶システムがもつ特性が影響しているのです。
偽りの記憶(フォルスメモリー)
私たちはある出来事を見た後で,実際と異なる情報に接したとき,誤った情報の方を実際に見たと思い込むことがあります。 ロフタス(Loftus, 1979)は,目撃者証言実験を行い,私たちが誤った記憶を簡単に作り出してしまう特性を持つことを示しました。
彼女らの実験では,交通事故のスライドが実験参加者に提示されます。スライドには,たとえば「止まれ」の標識が写っていましたが,「車が『注意』の標識の前を通過したとき,別の車が通りかかりませんでしたか?」と質問された実験参加者は,後におこなったスライド内容の記憶テストで,「止まれ」ではなく「注意」の標識を見たと答えました。
また,ロフタスとパーマー(Loftus & Palmer, 1974)は,参加者に映画で自動車事故の場面を見せた後,ある参加者たちには「車がぶつかったとき,どれくらいのスピードで走っていましたか?」と質問し,別の参加者たちには「車がぺちゃんこになったとき,車はどれくらいのスピードで走っていましたか?」と質問しました。その結果,質問の仕方で車の速度の回答に大きな影響がみられました。また,実際には割れていなかった車の窓ガラスについて,「割れた窓ガラスを見ましたか?」という質問に対しても,「見た」という回答が多くなりました。
このような目撃者証言実験において興味深いことは,偽の情報に影響された参加者も,回答に対する確信度を聞いてみると,確信度は極めて高い結果が得られている点です。つまり偽りの記憶を形成された参加者は,それについて,自信を持って「見た」と言うことがわかっているのです。
ローディガーとマクダーモット(Roediger & McDermott, 1995)の実験では,参加者に「話す」「読む」「講義」「音楽」「耳」「噂」などの単語を提示しました。この単語リストの中には「聞く」という単語は含まれていなかったのに, 参加者に自由再生を行わせたところ,実際に提示された単語と同等の割合で「聞く」という単語が再生されました。
このような偽の記憶(フォルスメモリー)に関しては,精神分析療法のひとつである「記憶回復療法」によって,抑圧されたトラウマ体験を思い出した患者の中に,治療の中で作られた偽の記憶が再生されたケースがあるということがわかり,アメリカでは社会的に大きな論議を呼びました(ロフタス & ケッチャム,2000)。
トラウマ体験の記憶
トラウマ(心的外傷)を残すような体験は,情動的に大きな意味を持つため,強い記憶を形成することが多いのですが,その時の記憶は情動的に混乱しているために,通常の記憶とは異なったかたちで形成されると考えられています。
一般的にトラウマ体験の記憶では,情動やストレスを喚起させる主役となる刺激(中心的情報,例えば自分に向けられた凶器など )に対しては,注意が集中するため記憶が促進されて頑強な記憶を残すことがわかっています。それに対して,体験の周辺的情報については,十分な注意が払われないために,むしろ抑制が起きて,十分に記憶されないことが知られています。
ピータース(Peters, 1987)は,歯医者で治療を受けた子どもの家に,数日後,研究者が訪ねて行って,歯科医の顔に対する再認記憶を測定しました。その数日後,今度は別の研究者が訪ねて行って,前回訪ねた研究者の顔に対する再認記憶を測定しました。その結果,研究者の顔は覚えられていたのに対して,歯科医の顔については十分な記憶が形成されていないことがわかりました。 ここでも,周辺的情報については記憶に残っていなかったわけです。私たちも,歯医者さんが使っている道具についてだけは,なぜかしっかりと記憶に残っていますよね (^^;)。それを私たちの脳は,中心的情報としてとらえてしまっているのでしょう。
ちなみに,バッデリー(Baddeley, 1990, 1999)が著書の中で紹介しているのですが,自身も目撃者証言の研究者であるトムソン(Thomson, D. M.)は,犯罪現場における目撃者が,犯人を特定する際に顔よりもむしろ衣服に強く依存することを示していましたが,彼自身がレイプ事件が起きたときにテレビに出演していたために,レイプ被害者の女性から誤ってレイプ犯と訴えられて逮捕されそうになったそうです(Depaul & Ramsey, 1998; 今井, 2011)。
認知・記憶のモニタリング
メタ認知(メタ記憶)
私たちは,自分の認知の状態に対して認知することができます。例えば,授業を受けていても,自分がわかっているかどうかをわかっていますよね。このような自己の認知の状態についての認知を「メタ認知」といいます。記憶についていえば,出会った人の名前が思い出せないことはよくありますが,そのようなときでも,自分がその人の名前を知っていることは自覚できます。記憶をもっていることを自覚的に認知できることを「メタ記憶」と呼びます。このような,自分の認知の状態に対するモニタリング機能は,日常におけるいろいろな行動においては重要な働きをもっています。
例えば,小学校低学年までの子どもは,十分なメタ記憶をもっていないことがわかっています。そのため,子どもたちはほうっておくとメモを取ろうとしません(結果的に忘れ物をすることになります)。そこで,学校では,子どもたちに今日の宿題や 明日もってくるものなどを事細かに生活ノートに書かせる習慣づけを行うのです。
認知におけるモニタリング機能は,日常生活を送る上で重要なのですが,それがうまく機能しないといろいろな失敗が起きることになります。
ソースモニタリング
トラウマ体験のところでお話ししたレイプ犯と間違われたトムソンのケースでは,トムソンの顔についての記憶はあるのに,それをテレビで見たことを 現実と混同してしまったところに問題があります。私たちの記憶において,記憶内容の情報をどこで得たかを認識することを「ソースモニタリング」といいますが,私たちは,トラウマ体験のような状況に限らず,日常においてもソースモニタリングに失敗することがよくあります。相手の顔は知っているのにどこで会った人かを思い出せなかったり,ある情報を聞いて覚えているのだけれど,誰に聞いた話か,どこで聞いた話かを忘れるのはよく経験することと思います。私も大学にいて,実験室に来た学生さんに本を貸すことがあるのですが,貸した本や,学生さんがその本を必要とする理由などを喋ったことは覚えているのに,「誰に」本を貸したかだけ,なぜか覚えていないなんてことがよくあります。
リアリティモニタリング
ソースモニタリングの情報源が,外的(実際に起きたこと)か,内的(思ったり考えたりしたこと)かをモニタリングする機能を,「リアリティモニタリング」といいます。これも,日常生活においてエラーが生じやすいことが知られています。家を出るときに鍵をかけたかどうか不安になるのも,「鍵をかけなきゃ」と思っただけか,「実際に鍵をかける」行動をとったかがわからなくなっているわけです。
アクション・スリップ
行動の計画そのものは正しいのに,自分の行動をモニターして制御するのに失敗して起こるうっかり間違いを「アクション・スリップ」と言います。みなさんも,お風呂で,髪をシャンプーして,次にまたシャンプーを手に取って…なんてやったことはあるのではないでしょうか (^^;)。アクション・スリップは自動化した行為によくみられ,すでにおこなった行動をもう一度おこなってしまう「反復エラー」,ふと気がつくともとの目的と違う行動をしている「目標の切り替え」,一部の行動をし忘れたり,逆の順序でおこなってしまう「脱落・逆転」,一連の行動に別の行動が紛れ込む「混同」などがあります。
展望記憶
記憶というと「過去の出来事」についての情報を保持することととらえられがちですが,このような過去の出来事の記憶は「回顧記憶」と呼ばれます。自分が体験した過去の出来事に関するエピソード記憶をさす用語として「自伝的記憶」という言葉が使われることもあります。
これに対して,日常生活を営んでいると,「これから行うべきこと」を忘れずに実行するための記憶も重要な意味をもっています。このような未来のことに関する記憶を「展望記憶」といいます。「今日,帰りに○○を買ってきて」と頼まれていたのに忘れたことはないでしょうか。約束をすっぽかしてしまって大変なことになるのも,展望記憶の保持や再生に失敗しているわけです。
展望記憶には,「何日・何時になったら○○をしよう」というような「時間ベース」の記憶と,「○○さんにあったら,これこれを伝えよう」というような「事象ベース」の記憶があります。展望記憶研究では,時間ベースの方が事象ベースよりも想起が難しく,加齢の影響も大きいことが知られています。
以上,「記憶の特性」と題して,記憶に関わる話題をお伝えしました。記憶は,認知心理学という基礎心理学領域において実験研究を通して研究が行われてきたところが大きいのですが,私たちの日常生活においても,大変重要な役割をもっていることを知っていただけたら嬉しく思います。
出席確認
引用文献
- Baddeley, A. D. (1990). Human memory. Lawrence Erlbaum.
- Baddeley, A. D. (1999). Essentials of human memory. Psychology Press.
- Depaul, M. R., & Ramsey, W. (1998). Rethinking Intuition: The Psychology of Intuition and Its Role in Philosophical Inquiry. Rowman & Littlefield Pub Inc.
- Godden, D. R., & Baddeley, A. D. (1975). Context-dependent memory in two natural environments: On land and underwater. British Journal of Psychology, 66, 325–331.
- 今井久登(2011).記憶 道又 爾・北崎 充晃・大久保 街亜・今井 久登・山川 恵子・黒沢 学 認知心理学―知のアーキテクチャを探る―(pp.165-204) 有斐閣
- Loftus, E. F. 1979 Eyewitness testimony. Cambridge, M.A.: Wiley.
- ロフタス, E. F.・ケッチャム K. 仲 真紀子(訳)(2000).抑圧された記憶の神話―偽りの性的虐待の記憶をめぐって― 誠信書房
- Loftus, E. F., & Palmer, J. C. (1974). Reconstruction of automobile destruction: An example of the interaction between language and memory. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 13, 585-589.
- Peters, D. P. (1987). The Impact of Naturally Occurring Stress on Children’s Memory. In S. J. Ceci, M. P. Toglia & D. F. Ross (Eds.), Children’s Eyewitness Memory (pp.122-141) Springer.