(公開日:2020年6月18日)
前回は知能検査について紹介しました。今日は個人差のもう一つの側面である性格を調べる方法について紹介したいと思います。
私たちの行動は,環境的な要因と個体的な要因の相互作用によって生じます。 今年,新型コロナ感染症の流行によって,私たちは外出を自粛するという行動をとりました。これは,環境的な要因によって,私たちの行動が影響されたことを示しています。でもその一方で,自粛中であっても,呼びかけに反して,多数の他県ナンバーの車が海水浴場に集まったニュースなどを目にしました。これは人によって異なる個体的要因によって行動が左右されている例でしょう。性格とは行動に見られる個人差を,個体的要因から説明するための概念です。
「性格」についてお話しする前に,性格と似たような用語として,「人格」や「気質」という用語もありますので,それらの定義についてご紹介しましょう。
性格と人格はほとんど同じような意味で使用されることが多いのですが, あえて違いについて言えば,性格とは本来「刻みつけられたもの」というギリシャ語に語源を持つため比較的変わりにくい個人的特徴を指すときに使うのが一般的です。
人格(パーソナリティ)の方は,仮面(persona,ペルソナ)というラテン語に語源を持つため,環境に対する適応機能の全体的特徴をさす,性格よりも広い概念として用いられることがあります。したがって,ときに知能であるとか,態度,興味,価値観なども含む場合があります。
気質は,性格や人格とは異なり,個体内部の生理学的過程との関連が深く,先天的・遺伝的に決定される傾向をもつ個体要因を指す概念として使われます。
言うまでもないことですが,性格とは,どこかあいまいで,しかも複雑なものです。その,あいまいで複雑なものを人に伝えようとする時に,私たちはどのような表現で伝えるでしょうか。話がちょっとずれてしまうかもしれませんが,「性格」を「料理の味」に例えて,説明をさせてください。料理の味も,味覚というあいまいで複雑な感覚を私たちに与えます。皆さんが,ある料理を食べたとします。それは生まれて初めて口にするものです。その料理の味を,誰かに伝えようとするとき,どのように表現するでしょうか?
ひとつの表現の仕方は,その料理の味を,すでに存在する何かの料理に例えて表現する方法でしょう。例えば,「○○という料理の味は丁度『カレー』みたいな味だったよ」と言われたら,どのような味の料理だったかということについて,聞いた側はすぐに想像することができますよね。
もう一つの表現の仕方は,味覚を科学的に分析して表現する方法です。知覚・認知心理学でお話ししましたが,私たちの味覚は,甘味,塩味,酸味,苦味という4種類の基本味覚によってできていて,味覚センサーを使うと,それぞれの味覚の強さを測定することができます。また,それに加えて,うま味,辛味,渋味などの味覚もやはりセンサーで測れます。 そこで,○○という料理は,甘味はこのくらいで,塩味はこのくらいで,酸味は…というように,それぞれの味覚の強さを表現することで伝えることもできるのです。
前者の,料理の味を,既存の料理の味に例えて表現する方法を「類型論」的表現と言い,後者の,味覚を分析して表現する方法を「特性論」的表現と言います。
類型論的な表現の長所は,「カレーみたいな味だったよ」と ひと言伝えただけで,聞いた側がどんな料理の味かをすぐに想像できるところでしょう。類型論は,複雑あいまいな特徴を,簡単かつ効率的に表現し,伝達することができます。その一方で 短所もあります。「カレーみたい」とは言っても,初めて食べた料理はカレーだったわけではありませんよね。類型論的な表現は,いろいろなものを十把一絡げにひとまとめに表現してしまうので,細かな違いを伝えることはできませんし,場合によっては,相手にずれた先入観を与えてしまって,「言われてみて食べたんだけど,なんかカレーとは違ったよ」とがっかりさせてしまうかもしれません。
それでは,特性論的な表現についてはどうでしょうか。特性論的表現の長所は,科学的であることです。複雑な料理の味を味覚センサーでとらえることによって,いろいろな料理の味の微妙な違いを正確に把握することができますし,測定した味覚の強さに応じて,砂糖や塩,酢などを混ぜると,本物ではなくても,似たような味を再現することもできます。「牛乳とたくあんを一緒に食べるとコーンスープの味がする」とか,「プリンに醤油をかけるとウニになる」とか,「麦茶と牛乳に砂糖を入れるとコーヒー牛乳になる」なんてものも,すべて人が感じる基本味覚において,似たような構造が再現されるからです。でも,やっぱり短所もあります。「○○という料理は,甘味は5段階の2で,塩味は4で,酸味は3で,渋味は1で,辛味は5で…」なんて言われても,どんな味かを聞き手側は簡単には想像できません。表現自体が複雑になってしまって,専門家でもないと,簡単にはわかりづらいのです。
これと同じことが,個人の性格をとらえようとする「性格心理学」においても,伝統的に起きてきたのです。性格を把握するための理論として,有名な類型論の例と,特性論の例をご紹介しましょう。
性格心理学における「類型論」は,個人の性格を,いくつかの性格カテゴリー(分類)のひとつに位置づけて理解しようとするのが特徴です。類型論的な性格理論のひとつに,クレッチマーの性格理論があります。
ドイツの医学者クレッチマーは,精神病者とその体型の関連について研究を行っていました。その結果,彼は,細身で背の高い細長型の体型をもつ人が分裂病者に多いということを発見しました。また,肥満型の体型の人は躁うつ病者に多いということも見出しました。さらに,てんかんと闘士型の体型にも関連があると彼は主張しました。これらのことから,彼はパーソナリティの中心は気質であると考えていたので,体型による性格特性(気質)の分類を行いました。これがクレッチマーの3類型として知られる性格理論です。
性格心理学における「特性論」では,性格というものを複数の行動傾向(性格因子)の組み合わせと定義して,おのおのの特徴を分析し,その程度を測定することで,個人の性格を理解しようとします。
代表的な特性論的性格理論として,ここでは,キャッテルの特性論を紹介します。
「性格心理学の父」とも呼ばれるアメリカの心理学者オールポートは,辞典の中から「親切な」「社交的な」というような性格特性に関することばをたくさん選び出し,それらの用語を分類する研究を行いました。イギリスの心理学者キャッテルは,オールポートが示した4505の性格特性を表す言葉を検討し,同義語をまとめた後,表面特性を記述する単語を加えて,171の特性語を抽出し,それをもとに35個のクラスター(表面特性)を抽出して,それを使って208人の成人男子を参加者にして相互評定をさせ,その結果を因子分析にかけて,以下の12個の性格の根源特性を見出しました(わけわかんないと思いますが,簡単に言えばこういうことです ^^;。覚える必要はありません)。
調査法(2)でお話ししましたが,因子分析は多変量解析法のひとつで,たくさんの変数がどのような潜在変数(因子)から影響を受けているかを集約して調べることのできる統計的分析手法です。キャッテルは,性格というあいまいでとらえどころのない複雑なものの背景にある特性を,統計的な手法によって因子として抽出したわけですね。これによって,性格という複雑な対象を「分析」したり,「尺度」(ものさし)を作って測定できるようになりました。
人の性格を測るのに,「観察法」や「面接法」も用いることができないわけではありません。自然観察の中でも,対象者の行動記述からその人の性格を類推することは可能です。また実験的・組織的観察法を用いれば,その人の性格の特定の側面について検証することもできるかもしれません。また,面接法でも,対象者との会話を通して,相手の性格を評価するための資料を得ることができます。
しかしながら,これらの方法では,性格のどのような側面が対象者のどのような行動や会話内容にどのように反映されるかが不明確であることから,高い「妥当性」をもつ評価とは言えなかったり,偶然の行動や会話に影響されるために「信頼性」が十分でなかったり,観察者や面接者によって評価が異なるという「客観性」の問題をもっていたりしやすくなります。
そこで,性格をとらえるためにも,さまざまな標準化された「検査法」が開発されています。性格の検査法は,主に,質問紙法,投影法,作業検査法に分けられます。以下に,これらの代表的な検査法を紹介しながらその特徴を解説します。
なお,性格については3年次の「感情・人格心理学」という授業で専門的に勉強します。また,性格検査についても,3年次の「心理演習B」 で実際に実習を通して学びますので,詳しいことについては後の授業で勉強してくださいね。
「質問紙法」による性格検査では,被検査者にたくさんの質問項目を与え,それについて「はい」「いいえ」「わからない」などと答えさせ,その結果を統計的に処理して性格を客観的に測定します。質問紙法の長所としては,応用範囲が広いこと,実施が簡単であること,多くの人に同時に実施可能であること,結果の処理が客観的であること,数量化が容易であること などです。それに対して,もちろん,質問紙法の限界や短所もあります。まず,質問紙の回答は,被検査者の内省に基づく自己評定ですので,意識的あるいは無意識的に誤りが生じることがあります。人によって質問項目の意味の解釈が異なることもあります。また,年少者や知的遅滞者においては,質問内容が回答能力の限界を超えてしまうこともあります。さらに,対象者の現象的・表面的特性や,一般的な傾向を理解するには便利ですが,なぜそのような性格になったかというような「力動的」な解釈には弱いことが多いのも質問紙法の限界といえるかもしれません。
代表的な質問紙法性格検査には,YG(矢田部・ギルフォード)性格検査,MMPI(ミネソタ多面的人格目録),TPI(東大版総合人格目録),EPPS(Edwards Personal Preference Schedule),向性検査などがあります。
ここでは質問紙の例としてYG性格検査を取り上げます。YG性格検査は,ギルフォードとマーチンが作成した3種類のテストに基づいて,矢田部達郎らが日本人に適用するように項目の選択作成を行った性格検査です。検査は,12の性格特性を表す尺度について,それぞれ10個の質問項目が含まれ,全部で120の項目からできています。これによって,12の性格特性の評価得点を得ることができます。また,それらの得点の組み合わせ(プロフィール)を基に5つの類型に分類して対象者をとらえることもできるようになっています。
YG性格検査は,性格の社会適応的側面を重視して作られているため,教育の現場や職業採用時などに,適応検査として利用されることも多くあります。欠点としては,YG性格検査は虚偽尺度をもたないので,自分を良く見せようとする態度が検査結果を歪めたことをチェックする機能がありません。虚偽尺度とは,「どんな人にも軽蔑の気持ちを持ったことがない」,「人から非難されても全然気にならない」,「約束の時間に遅れたことはない」,「知っている人の中でどうしても好きになれない人がいる」(これは逆転項目です),などからなる質問で,自分を良く見せたいという意識が強く働いていると,つい「はい」と答えてしまう(逆転項目なら「いいえ」と答えてしまう)ような項目です。
YG性格検査は,実施すると,検査得点をもとに下の図のようなプロフィールが作成されます。
12の尺度得点はそれぞれ次のような特性をあらわしていて,上半分が「情緒的適応性」に関わる項目(得点が高いほど情緒的には不安定になりやすい),下半分が「向性」(得点が高いほど外向的な傾向)を表します。
また,YG性格検査は,プロフィール表の中のそれぞれの領域に入ったポイントを数えることで,系統値を算出し,類型論的な性格把握もできるようになっています。
「投映法」とは,あいまいな刺激を提示して,被検査者からそれに対する反応を求める検査法です。あいまいな刺激に対しては,被検査者の無意識が投映される場合が多いことから,被検査者の無意識的側面を把握する目的でしばしば用いられます。また,回答を意図的に操作することが難しいという利点もあります。その一方で,短所としては,検査によっては被検査者への心理的負担が大きかったり,検査結果の整理が煩雑であったり,検査の信頼性や妥当性に難点があるなどの欠点も指摘されることがあります。
有名な投映法検査には,次のようなものがあります。
代表的な投映法検査として知られるロールシャッハ・テストは,「インクブロット・テスト」(インクのしみ検査)とも呼ばれ,10枚の左右対称なインクのしみの図版(黒インク:5枚,赤と黒:2枚,カラー:3枚)を用いて,被検査者に図版が何に見えるか,どの場所がそう見えるかなどを自由に回答させます。検査では,どの方向から見てもよく,いくつ回答しても構いません。検査者は,被検査者の回答内容と回答までの時間を記録します。
反応記録後は,反応の分類と記号化を行い,その結果をもとに解釈を行います。解釈において注目する点は,以下のようなところです。
作業検査法とは,被検査者に一定の具体的な作業をさせて,その経過や結果から,性格の測定を試みる検査法です。有名な作業検査法として「内田クレペリン精神検査」がありますので,それを紹介しましょう。
ドイツの精神科医であるクレペリンが行った連続加算作業実験の結果と理論を応用して内田勇三郎が開発した検査です。この検査では,たくさんの隣り合う数字を加算して,その答えの1の位の数字を,両数字の中間の下に書かせます。1分ごとに行を変えながら,15分間の連続加算作業の後,5分間の休憩を行い,再度15分間の加算作業を行います。作業終了後,各行の最後に計算された数字を結んで「作業曲線」を描きます。また,前期(休憩の前)と後期(休憩の後)ともに,11行目について,誤答を調べます。
下の図が,内田クレペリン精神検査の作業曲線の例です。
定型反応は,この作業曲線に見られるように,おおよそ以下のような特徴をもちます。
これに対して,非定型の反応特徴としては,以下のようなものがあります。
内田クレペリン検査は,日本で開発された国産の性格検査なのですが,簡単な計算作業の成績をとおして,対象者の能力面と性格面・行動面の特徴を調べられることから,職業採用時の適性検査として幅広く用いられています。特に,近年,外国人就労者が増えつつある中で,言語や文化に影響されない検査としても注目されています。
人の行動を規程する 個人内要因が性格であり,それは私たちの行動のいろいろなところにあらわれます。したがって,性格を調べる方法にも,このように多様な検査法が存在します。それを,今回はごく簡単に紹介いたしました。
来週は,第8回(検査法(0))で行った質問紙法による性格検査の結果を使いながら,どのような仕組みで性格検査が作られているかをご説明したいと思います。なお,性格検査を実施していない人も,まだ間に合うかもしれません。早急に実施していただくようお願いします。