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(公開日:2020年6月11日)

知能検査

知能検査の歴史

今日の授業では,検査法の中の「知能検査」についてお話をしたいと思います。

歴史的にみると,知能を調べようとする試みは,19世紀の終わりころから20世紀初頭にかけてのフランスで,ビネー(Binet, A.)という研究者によって行われました。フランスでは,1881年に義務教育法が制定され,すべての子どもが学校に行くようになったことにより,精神遅滞児の処遇が大きな問題として浮かび上がってきました。当時の精神遅滞児の識別や分類は,頭蓋骨の大きさを調べたり,容貌の非対称性を指標にしたり,筆跡に頼るなど,現代から見ると疑問を感じるような手がかりをつかって直感で行われていたそうです(ビネー自身も,最初はそのような手がかりを使った研究をしていたそうです)。また,精神発達の分類も,日本語に訳せば(これらは現代では蔑称とみなされる言葉ですが)白痴,痴愚,魯鈍(軽愚)という,重度から軽度に至る知的障害の分類があったものの,その分類には明確な基準点がなかったそうです。そこで,ビネーは,子どもの精神発達の程度を総合的・全体的に把握しようと考えました。彼は,人間の知能とは,実験室で研究対象になるような単純な心理過程ではなく,高次の精神機能に属するものであると考え,理解・発明・方向づけ・批判という4つの機能からなる全体的な存在であるととらえました。

ビネーは,シモン(Simon, T.)と一緒に「ビネー・サイモン・インテリジェンス・スケール」という30項目のテストを作成します(1905年)。それは,燃えているマッチを目で追ったり,食べられるもの(チョコレート)と食べられないもの(木片)を区別したり,言葉によって身体の部位やものを指さしたり,絵の中の事物を指して名前を言ったり,「パリ」「川」「財産」という3つの単語で文章を作ったり,「尊敬」と「友情」の違いを説明させたりなど,さまざまな能力を調べるものでした。でも,これだけでは,知能を測定する「ものさし」(尺度)ができたとは言えません。

そこで,ビネーは「精神年齢」(MA,mental age)という概念を導入しました。ある子どもについて,実際の年齢(「生活年齢」あるいは「暦年齢」と言います;CA,chronological age)よりも精神年齢が高ければ優秀な子どもだとみなせるし,精神年齢が生活年齢よりも低ければ発達が遅れ気味の子どもだとみなせるわけです。下の図は,精神年齢を測るための仕組みを表したものです。例えば,「5桁の数字の復唱」という検査項目があったとしましょう(知覚・認知心理学の「記憶の分類」でやった課題ですね)。それをいろんな生活年齢の子どもたちにやってもらって,何割の子どもができるかという「通過率」を調べます。横軸を生活年齢,縦軸を通過率として表すと下のような図になったとします。すると,7歳の通過率は3割ちょっとなのが,8歳になると通過率が5割(半分)を超えるので,「この検査項目ができれば精神年齢は8歳といえる」と決めるわけです。このようにして,ビネーは知能を測定する検査項目に「年齢」という数値を紐づけることによって,子どもの精神年齢を数値的に測定できるようにしたわけです。

 

スタンフォード・ビネー改訂知能検査

ビネーは1911年に亡くなるのですが,彼が作った知能検査は,アメリカにわたって,ターマンという研究者によって「スタンフォード・ビネー改訂知能検査」という改訂版に発展します(Terman, 1913, 1916)。日本版ビネー式知能検査田中ビネー式鈴木ビネー式など)も,このスタンフォード・ビネーを基に作られています。スタンフォード・ビネー版知能検査では,知能指数IQ,intelligence quotient)という概念が導入されました。このIQは,テストで得られた精神年齢を生活年齢で割って,100をかけた数値です。例えば,10歳0か月の子どもがテストの結果,11歳0か月の精神年齢をもつことがわかったら,11÷10×100で,IQは110ということになります。

ただし,精神年齢という考え方は,成人した後は使えません。60歳の人は30歳の人よりも高い知能をもっているとは必ずしも言えないわけです。精神年齢によるIQが意味をもつのは,一般的には12歳くらいまでと言われます。そこで,最近の検査では,ビネー式であっても,偏差IQ(DIQ,deviation IQ)といって,平均100標準偏差16とした正規分布を用いて数値化したIQが使われることもしばしばです(後で紹介するウェクスラー式知能検査では,標準偏差として15が使われています)。

田中ビネー知能検査Ⅴ(ファイブ)

ビネー式の知能検査は,知能という個人差を評価するためのものさしを提供したという点で,非常に重要なのですが,その一方でいくつかの問題が指摘されています。まず,ひとりひとりの知能の違いを,精神年齢やIQという数値的(量的)な差としてとらえることで,知能が本来持つ質的な差がときに軽視されてしまう傾向をもたらしました。3歳の幼児と,精神年齢が3歳の知的障害をもつ成人では,同じ精神年齢であってもまったく質的に異なる精神世界をもちます。このような違いを検査ではとらえることができません。また,知能を年齢という変数に紐づけたことによって,成熟的な発達観と結びついて,生まれつきの素質を重視する傾向をもたらしたと言われています。人の発達は,生まれつきもつ素質ですべてが決まるのではなく,教育環境文化によって影響を受けます。知能も,年齢が増えれば自然に成熟するものとはいえないというわけです。さらに,ビネー式検査が測定している知能は,大人になれば多くの人がもっているような知能であり,創造的な能力や,大人になってから形成されていく個性的な知能とは異なります。このような点もビネー式検査では測っていないという限界があります。

 

ウェクスラー式知能検査

最初に述べたように,ビネーは,知能という概念を,理解・発明・方向づけ・批判という4つの機能からなると考えました。「理解」によって,私たちは物事の関係性を把握することができます。その理解したことがらを発展させて「発明」(発見や創造)をする能力ももっています。「方向づけ」によって私たちは特定の物事や事態に集中して取り組むことができます。また,「批判」の能力があるから,私たちは物事の良しあしや,合理・不合理を判断することができます。でも,ビネーは,この4つは別々の能力ではなく,1つのまとまりとして作用するものであって,知能はそれらが複合した全体的なひとつの存在であると考えました。

これに対して,もうひとつの有名な知能検査を開発した,ニューヨーク大学ベルビュー病院神経科の心理学者 ウェクスラーは,知能は複数の能力の複合体だと考えました。彼が最初に開発した「ウェクスラー・ベルビュー・インテリジェンス・スケール」は,現在は「ウェクスラー・アダルト・インテリジェンス・スケール」と呼ばれ,その頭文字をとって「WAIS」(ウェイス)と呼ばれます。現在主流のWAIS-IV(WAISの第4版)は,10種類の基本検査と、5種類の補助検査(必要があれば行う検査)の,合計15種類の下位検査で構成されています。検査を行うことで、「全検査IQ」と呼ばれる総合的な知能指数と,「言語理解」「知覚推理」「ワーキングメモリー」「処理速度」という4つの指標得点の,合計5つの知能の指標を知ることができます。

以下は覚える必要はありませんが,どのような能力を測っているのか,WAIS-IVの知能指標を紹介します。

全検査IQ(FSIQ)

全般的な知的水準であり,補助検査を除いた10種類の基本下位検査の合計から算出される。

言語理解指標(VCI)

言語的なことに対する理解や把握の能力であり,言語によるコミュニケーションや,コミュニケーションに基づく推論に関係する。
【基本下位検査】類似,単語,知識
【補助下位検査】理解

知覚推理指標(PRI)

目で見て物事を理解・操作する能力で,視覚的な情報の把握や推理,視覚的情報にあわせて体を動かしたり,新しい情報に対する解決能力や対応力に関係する。
【基本下位検査】積木模様,行列推理,パズル
【補助下位検査】バランス(16歳~69歳のみ),絵の完成

ワーキングメモリー指標(WMI)

一時的に情報を記憶しながら処理する能力であり,記憶や注意集中力,口頭での指示理解,読み書き算数といった学習能力に関係する。
【基本下位検査】数唱,算数
【補助下位検査】語音整列(16歳~69歳のみ)

処理速度指標(PSI)

手先の器用さや情報を処理するスピードに関する指標であり,マイペースで注意の切り替えが苦手である場合は,この指標得点が低くなりやすい。
【基本下位検査】記号探し,符号
【補助下位検査】絵の抹消(16歳~69歳のみ)

 

ウェクスラーは,知能とは,各個人が目的的に行動し,合理的に思考し,環境を効率的に処理する集合的・総合的な能力と考えたため,ウェクスラー式知能検査で測定しようとする知能は,高等な精神能力としての唯一の知能ではなく,知能を構成する認知的な能力が主になっています。また,ウェクスラー検査のスコアは神経学的な機能(脳機能)を反映しているところも大きいので,脳障害が心理機能に及ぼす影響を調べる神経心理学検査としての側面ももっています。

なお,WAIS-IIIまでは,全般的な知能指標である全検査IQを,言語性IQ動作性IQの2つに分けてとらえるようになっていましたので,古いテキストなどでは,ウェクスラー知能検査の特色としてそこが強調されているものが多いのですが,知能を2因子でとらえることには意味がないことから,現在では廃止されています。

WAIS-IV知能検査

 

児童向けウェクスラー式知能検査

ウェクスラー式知能検査には「ウェクスラー・インテリジェンス・スケール・フォー・チルドレン」という児童版もあって,その頭文字をとって「WISC」(ウィスク)と呼ばれます。適応年齢は,5歳0か月から16歳11か月までで,やはり全部で15の下位検査(基本検査:10、補助検査:5)で構成されており,5つの合成得点全検査IQ4つの指標得点)が算出されるようになっています。子どもにあわせて,WAISとは基本下位検査と補助下位検査の組み合わせが異なりますが,得られる指標得点はWAISと同様に「言語理解」「知覚推理」「ワーキングメモリー」「処理速度」の4種類です。

 

WISC-IV知能検査

さらに,就学前の幼児向けには「ウェクスラー就学前幼児知能検査」というものもあって,「WPPSI」(ウィプシィ)と呼ばれます。

 

知能についての考え方

このように,知能を調べる検査はあるのですが,「知能」というものは必ずしも固定化した概念ではありません。例えば,ウェクスラー知能検査では,知能を構成するさまざまな下位能力が調べられますが,その中には,計画を立てる能力や目標意識,意志の強さや熱意といった,学習のような知的活動の成果はもちろん,社会において物事を成し遂げるためにも必要とされるような能力は測定されていません。

ガードナーという研究者は,「多重知能」という概念を提唱し,知能を「個人が問題を解決するための能力または特定の文化環境のもとで生まれた産物を形成する能力」ととらえ,その中には,「論理・数学的知能」,「空間的知能」,「音楽的知能」,「身体・運動的知能」,「言語的知能」,「個人内知能」(自分自身の能力や感情状態についてとらえる感性),「対人的知能」が含まれると考えました(Gardner, 1983)。

また,ゴールマンは,「情動知性」という概念を提唱し,人生において成功するためには,単なる頭の良さだけでは不十分で,自分や他者の感情・情動の変化を知覚し,自分の感情・情動をコントロールする能力が必要であることを主張しました。情動というものを自己認識し,情動を管理し,情動を建設的に活用し,他者の情動を読み取り,他者と共感し,人間関係をうまく処理する能力は,知能指数のIQになぞらえて,「情動指数」(EQ,emotional quotient)と呼ばれ,広く知られるようになりました(Goleman, 1995)。

以上のように,知能を正しく評価しようとするためには,人間のもつ能力のうちのいくつかの側面だけを固定的に見ていてはおそらくだめで,「知的」ということについて多様な見方ができることが大切だと考えられます。

 

「障害者」と「健常者」

授業の中では,私も「障害者」,「健常者」という言葉を使うことがあります。また,他にも「定型」,「非定型」という言葉を使うこともあります。好きではないですが,二分法的な言い方です。

障害にも程度の違いや症状の違いがあります。たとえば,知的障害について言えば,IQが50以上で70未満(精神年齢で言えば,7歳6か月~11歳3か月の範囲)なら「軽度」の知的障害,35以上で50未満(5歳3か月~7歳6か月)なら「中等度」の知的障害,IQが35未満(3歳~5歳3か月)であれば「重度」の知的障害と分類されます。このような線引きがあるのは,ひとつに,「障害者総合支援法」(正式名称は「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」)という法律に定められたいろいろな障害福祉サービスを利用するために,そのかたが支援を要するかたかどうかを判定する何かしらの基準が必要だからです。すると,社会制度的には,どうしても,「ここまでは健常者」で,「ここからが障害者」という境界ができてしまいます。その一方で「共生」という言葉があります。国が「障害者総合支援法」を紹介するときには,いつも一緒に「地域社会における共生の実現に向けて」というフレーズがついてきます。

私たちは,健常者と障害者という2つのグループに分かれるのでしょうか? その境界は存在するのでしょうか? 「共生」というテーマを考える上で大切な問題だと思います。

 

さて,知能のような,人間ひとりひとりがもつ能力の差異を調べようとする心理学(差異心理学)は,イギリスのゴールトン(Galton, F.)に始まると言われます。例えば,人の身長では,平均的な身長の人間がもっとも多く,身長がそれより小さくても大きくても少数になるという「正規分布」がみられます。正規分布は英語で言えば「normal distribution」であり,この世界においてもっとも一般的に見られる分布という意味です。自然界においてばらつきをもつ現象の多くは,この正規分布をもちます。例えば,中国地方は先週,梅雨入りしましたが,梅雨入りの時期を何十年もさかのぼって,何日に梅雨入りした年が何年あるかを数えてみると,平均的な梅雨入りの日は6月7日だそうですが,それをピークにした正規分布をもちます。

下の図は,大学生の平均身長データをもとに作った分布曲線です。みなさんの身長はこの中のどこにありますか? このように分布という統計的な考え方を使うことで,私たちは自分の位置づけを知ることができるのです。

ゴールトンは,この正規分布の特性が,人間の知能にも当てはまることを統計的に示しました。実際,人間も自然の生き物ですから,私たちの心の特性も正規分布をもつのです。これが,ひとりひとりの人間の心を理解するための「検査法」に科学的根拠を与えてくれているわけです。

では,ここで下の図に示す分布を見てください。もうおわかりでしょう。これは「知的障害者」に分類される人々の知能の分布です。この分布は正規分布ではありません。人工的な分布ですね。IQ 70という境界で知的障害が定義されているから,この分布は,自然界に存在するもっとも一般的に見られるべき分布の形状をもっていません。

ならば…と,障害者と健常者という区別をなくして,2つのグループをひとつのグラフにしてみました。すると,はい,きれいな正規分布が出来上がります。

私が,ここで伝えたいことは,「障害者」と「健常者」という 便宜的に作られた2つのグループはあるのですが,それは人工的な境界によって作られているだけで,2つが一緒になって,はじめて「人間」というひとつの自然なグループができるということなのです。このことを私たちは忘れてはなりません。

 

「連続体」という考え方

もうひとつ私たちが知っておくべき大事な考え方があります。「自閉症スペクトラム」あるいは「自閉スペクトラム症」という障害の名前を聞いたことがあると思います。「自閉症」(autism)とは,社会的なコミュニケーションが苦手で他者とのかかわりがうまくできなかったりこだわりが強くて特定のものに強い興味や関心を示す一方で他のことには鈍感で無頓着な傾向です。自閉症は発達過程において生じた脳の障害と考えられているのですが,こういった傾向は,実は,程度は異なれ,誰にでもあるものです。そのため,「スペクトラム」(連続体)と呼ばれます。ようするに光の波長を指す「スペクトル」のことですね。

知覚・認知心理学の授業でお話ししましたが,光は,波長が違うと,同じ光なのに異なる色に見えます。虹を見ると私たちは「紫」「藍色」「青」「緑」「黄色」「橙色」「赤」という7つの色を見ます。でも,その色の間には何かの境界が存在するわけではありません。昔から勝手に私たちが「このあたりは黄色だね」って,名前をつけて呼んでいるだけです。また,国や文化が違うと,虹は5色に見えたり,3色に見えたりするそうで,どうも2色から7色まで幅があるようです。結構適当なのですね (^^)。

でも,障害というものも実は同様なのです。自閉傾向のような発達障害は,脳の障害というよりも,脳がもつある種の個性と考えても構いません。人がそれぞれもつ「性格」と同じようなもので,似たような傾向は多かれ少なかれ誰にでもあって,こだわりが強くても,その傾向をうまく使うことで,学問や芸術分野で成功している人たちはたくさんいらっしゃいます。正常と異常の間に目に見えるような境界は一切存在しません。多くは,それが適応上の問題となったとき,名前をつけて呼ばれるだけなのですね。

知能だけでなく,脳機能障害や精神疾患も,同じように連続体を形成しているものが多いことを忘れてはなりません。社会には法律に基づく医療制度や福祉制度が存在しますので,私たち心理は,検査によって人の心を測り,判定のための資料を提供しますが,それは単に光の波長を測っただけであって,それに名前をつけるかどうかは私たち人間が慣習的に決めているのです,本質的には正常と異常であるとか,健常と障害であるとか,定型と非定型であるとかいう区別には境界はないのです。

このことも覚えておきましょうね。

 

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