研究活動のページに今年度の卒論・修論の要旨を掲載しました。こちらで簡単に研究内容を紹介させていただきます。私のゼミは,広島の小さな大学の心理学研究室ですが,規模のわりにはおもしろい研究をやってるんじゃないかなと思っています。比治山大学は研究者養成のための大学院大学ではないので,学生たちも学術雑誌への論文投稿を目的としてはいないし,学生同意の上で実験で使ったプログラムやデータなどをネット上に公開することによって,私たちが見出した結果が再現できることを保証しながら研究成果を発信したいと思っています。今年度まではコロナの影響で基礎的な研究しか行うことができませんでしたが,来年度からは児童発達支援を中心に子どもの成長・発達を可視化することで評価の指標を得たり,それを促す方法に関する実践的研究を目指して活動しています(仲間募集中です!)。
卒業論文
表情認知における顔の角度の影響
かなり前の研究で作ったロボットを2020年にUnityのHDRPを使ってよりリアルにレンダリングできるようにしていたのですが,それを研究で使ってみよう!というので,VR空間内にロボットを提示して顔の角度がどのように表情認知に影響を及ぼすかを調べてみた研究です。実験を通して調べてみると,顔の角度の影響って大きいんですよ!
迷路を用いた神経心理学的検査のゲーミフィケーション
うちのゼミでは認知心理学の実験や神経心理学の検査をゲーム化することで,楽しみながら認知機能を評価したり訓練できないかという研究をやっています。この研究では,コンピュータならいろんな難易度で無限の種類を作り出すことができる「迷路」プログラムを作って,課題遂行中の視線行動も調べて研究してみました。
拡張数唱範囲課題を用いた長期記憶形成に関する研究―短期記憶課題における記憶範囲との関連―
短期記憶容量を調べる古典的な課題「数唱範囲課題」をもとに,長期記憶の形成能力を評価できる「拡張数唱範囲課題」を作りました。短期記憶の限界容量は7桁くらいと言われ,実験では6.85桁だったのですが,長期記憶システムを使うと,平均20.85桁の記憶容量をもつことがわかりました。
等身大とフィギュアの顔対比錯視
この研究では,VRテクノロジーを応用して,これまで知られていない新しい錯視を発見しました! どんな錯視かというと,人間が5分の1の大きさのフィギュアサイズになると,実際よりも頭部の比率が小さく見えてしまう…という錯視です。小顔に見せたければ,ドラえもんのスモールライトで小さくなればいい!?…という訳ですね(笑)。
修士論文
高敏感者(HSP)と自閉スペクトラムの感覚特性―感覚プロファイルを用いた分析―
最近,感覚感受性が強く環境刺激に敏感に反応するためにストレスや生きづらさを感じやすい繊細な人々,「HSP」(highly sensitive person)が知られるようになってきました。HSPはASD(自閉スペクトラム症,autism spectrum disorder)とは違うといわれますが,ASDの人たちも特異な感覚特性をもつことが知られています。本研究では,大学生を対象者として,HSP傾向とASD傾向を測定するとともに,その感覚特性を日本版青年・成人感覚プロファイル(AASP)によって評価しました。クラスター分析の結果,参加者は4群に分けられ,そのうち2つの群がHSP傾向が高いことがわかりました。そのうちの一群は,ASD傾向も高いのが特徴で,感覚過敏と感覚鈍麻,感覚回避と感覚探求という相異なる感覚特性を共有するという特異な感覚特性を示し,注意の切り替えやコミュニケーションが苦手なASDの性質を示しました。それに対して,もう一方の群は,感覚過敏や感覚回避といった特異な感覚特性はもたず,鈍感さと無縁で感覚を探求しないという点で繊細さをもっていました。彼らはASD傾向とも無縁で,コミュニケーションや他者の心を想像するのが得意な性質をもっていました。本研究は,感覚特性を評価することによって,近年注目されるようになったHSPと呼ばれる人々の中に異なるサブタイプが存在することを示し,それが同様に特異な感覚特性で知られるASDとの関連で区別されることを示した点で,意義のある研究だと思っています。
ワーキングメモリの評価・訓練に関する研究
記憶の訓練を試みる研究の多くが,短期記憶から発展した概念であるワーキングメモリに焦点を当ててきたのに対し,最近の記憶のモデルでは長期記憶もワーキングメモリシステムの一部と考えられていることから,本研究においては,長期記憶の形成能力を訓練することによってワーキングメモリの訓練ができないかを検討しました。実験は,上で紹介した卒論研究(拡張数唱範囲課題)の参加者に,4週間,記憶訓練におつき合いいただいて行いました。長期記憶形成の訓練を繰り返した結果,平均20.85桁の記憶容量が,4週間後には平均31.31桁と50%増加することがわかりました。また,ワーキングメモリ容量を示す数唱範囲の成績も,順唱・逆唱を問わず訓練前後で有意に増加しました。訓練効果には個人差が大きく,視空間的な記憶容量には汎化しないなどの限界があったものの,この成果は,記憶という非常に重要な認知機能の評価・訓練に新たな可能性をもたらすのではないかと期待しています。何といっても,記憶の実験なのに,参加者の多くが実験後に「楽しかったです!」というところが,これまでの記憶訓練の実験との大きな違いだと感じました(記憶の実験って努力を要して「つらい」ものですものね)。この実験のプログラムは公開していますので,ぜひ試してみてください。